35歳からエンジニアを志し、現在39歳の社内SEとして勤務しているからあげです。
ポエムっす。
そして持論というか感じたことを記載するので、気持ちとか機嫌が悪くなりそうであれば別のサイトへGo!!!!
盲腸ってどんな感じ?
ある日通勤列車に乗っていると、心臓か胃が痛いというか鈍い痛みが襲ってきたのです。
内臓を掴まれたような、これって救急車呼んだ方がいいやつ?でも意識あるし苦しいけど、そもそも痛みに弱いし俺・・・
我慢して出勤して仕事できそう?大事な仕事・・・どれも大事な仕事だけど・・・最近具合悪くてお休みいただきすぎだし・・・
ひとまず結構早めに出勤しているので、何本か電車を見送っても遅刻せずに出勤できるから、途中下車して自分の状況を把握しよう。
途中下車して、これはあかんやつやと気付く。
真っすぐ立てんし、ゲロが出そう・・・
座っても立っていても心臓か胃が苦しい💦痛い💦
ひとまず駅のお手洗いで何回か戻す。
電車で自宅に帰るのは上下線ともに人いっぱいやし、電車では帰れそうにない。
タクシーで帰ろうと思いタクシーを探すもタクシーいないwww
よし、ひとまず何駅でもええから自宅方面に向かおうと各駅しか止まらない電車で徐々に自宅へ前進。
ちょこっと動くだけでゲーしそうなのに、目の前には香水つけ過ぎた若い男の子www
殺しにきてる?(^^;)
ローカル駅で再び途中下車して、タクシーで一気に自宅へ直行。
私)運転手さん、最短で自宅付近まで行ってください。
運転手さん)○〇号線通れば○○やけど○○号線だったらこんなだねー。
私)お願いですから早く着く方でお願いします。
運転手さん)じゃあ、○○号線で○○の方だね?
私)はい。(ほんまにええかげんにせえ、殺す気ですか)
自宅でいいんですね?と言わんばかりの会話を展開してくれる運転手さん。
この優しさに気付きつつも、私の頭の中では自宅で安静にすれば治まるかなと思うのと、いざとなれば救急車を呼ぼうと心に決めていました。頭の中で自宅住所を思い出してシミュレーションwww
内臓が引っ張られる不思議な感覚と、どの姿勢でも痛いことに普通じゃないことを感じてネットで症状を検索しつつ、少し寝落ち(よく寝られたな(笑))
シャワーを浴びて(夜間救急に行く気満々)症状についてさらに検索していると、これ盲腸やんwww
緊急入院からの手術
近所の総合病院に行くと、あなたはこのまま入院で明日手術だから。と。
ほんまにヤバいやつやんけ。そして俺の歳で盲腸って聞かんけど・・・
多分虫垂っていう臓器が腫れているとかいう初期症状を超えて、次のステージだったらしく病院として自宅に帰せなかったっぽい感じ。
ここから採血と点滴合戦が幕を開けました。
白血球数が異常値を示していて、私は気付かなかったのですが発熱もあって、盲腸独特の症状であるみぞおちの痛みが、右下腹部に痛みが移動する。そして指でぐっと押すと痛み、指を戻しても反発するときに痛むってやつ。
盲腸ってもっと軽傷のイメージで、子供のりんご病みたいに(私は20代後半で発症して職場に疑われたけど(笑))一般的な通過儀礼的なやつやと思ってたけど・・・思ってたんと違うわいと。
7-14%くらいみたい。盲腸の発症率。
そんなん。。。今はやめてくれよー。
普通全身麻酔使う時って、前日くらいから麻酔の効きとか精神安定のために点滴で調整されて手術に入りますよね?この時は違いましたwww担当医の隙間時間で手術入れますんで💦的なノリでした。
ここから看護師さんの凄さに触れていきますね。
持論を多く含むので、スルーしたい方はスルーで💦
話は逸れますが。
看護師さんが交通事故の現場に偶然居合わせた時に、一番負傷の度合いが高い方にかけた一言を思い出したのです。(後になって気付いたけど)
その助からない負傷者に対してまだ行くなよ!!!って言いながら心肺蘇生していたそうです。
話は戻りますが、身寄りのない大阪の地(看護師さんに家族状況は伝えてたからめっちゃ心に付き添ってくれた泣)で、ひとまず実家に連絡。全麻は時々起きてこない可能性があるので麻酔をかけてくれる医者からは重ねて脅された(^^;)全麻は初めてじゃないから一応リアルに家族にメール。
麻酔科のお医者さんが、真顔で「起きたらICUかもしれないからね。」と。
いざ手術台に意識レベル全開で自力で乗って、周りを見渡すと研修医さん?学生さん?めっちゃおおない???と思いつつ、全身麻酔をかけるおまじないが始まりました。
深呼吸3回して、点滴いれるからねー。少し痛むよ・・・で意識が飛びました。
全身麻酔から覚めてきたかなとピントが合わない状態で見える範囲を見ると、いったい何人おる?ってくらい人がいたのと(盛りなしで10人くらい見えたwww)、私の顔にめっちゃ近い位置で呼ばれてる感覚、そして少し奥にいる看護師さんが確かに成功したからね!!!って言ってくれたあたりから目が覚めはじめました👀💦
一番私に近い看護師さんが、どうかありますか?大丈夫ですか?とか言ってくれてて、そこで私が放った一言が私は自分で忘れませんwww
ちん○に刺さったケーブル抜いてください(笑)
半笑いで左隣の看護師さんがケーブルをモゾモゾ(^^;)
気付いたら私の周りは女性看護師がめちゃめちゃいたという記憶と、とっさに出たカテーテルとかいう言葉ではなく、【ケーブル】wwwwwwwwwwwwwwwww意識朦朧でも社内SEだった俺wwwwwwwwwwwwwwww
そのあと、カテーテルが正常でなかったみたいで、私の血圧が上昇して焦った男性看護師さんが調整してくださって生き返りましたwww
それからよく見るマスクみたいなやつを付けたまま一晩中点滴を打ちながら寝がえりも打てず、バイタル??の警告音を自分で発して、それで起きるの繰り返しwwwすごく心拍俺低いいんやなーと朦朧としながらモニターを見ていると・・・!?!?!?心拍じゃなく血圧の上が50を切ってるやないかいと(笑)眠りそうになるとアラームで起きるの繰り返しで、朝方になったのでしょう、麻酔や痛み止めが切れてきて、みるみるうちに上の血圧110を超え、やっと正気に戻っていきました💦
ここからもです。看護師さんのすごみ。
全身麻酔の時ってカテーテル挿す挿さないを選べるはずやけど、今回は無理やったんやなと思いながら、カテーテルを挿しっぱなしで少し歩かされます。
そしてついに一番恐れていたカテーテル抜きの儀式が執行されることに。
看護師さんってすごいなって思わされましたw
部屋を移動するということで、身支度(電源が切れたスマホと着替えだけ。)して相部屋へ自ら歩いて移動。
同部屋のかたAさんは86歳のご高齢の方で普通に睡眠薬でぐっすり眠ってる。
Bさんは歩行困難で車いす。ご自身の区画にはオムツが山積み。
Cさんは恐らく看護師さんに超マークされてる人(笑)歩行困難。
そして私。
絶食を続けてくださいという看護師さんの私に対する言葉と点滴と採血、私のしがれた声で恐らくは重篤な人なんちゃうか?と思われていたかもwww
3日間の絶食(水もあかん)は本当にきつかったなーと。
お風呂も当然入れないし、スマホも充電できない、テレビは目の前にあるけど動けないし暇つぶしの物もありません。俺臭いんやろなーと(^^;)歯も磨けないし申し訳ない気持ちとお願いしたはずのケア用品がいっこうに届きません。
要は、自分が思っている状態と、医療関係者からみた私の状態が違ったということだったのかなと。
そんなこと気にしている場合じゃないですよって。
そこで悟りました。
ちゃんと言うこと聞いて、食事を摂る(病院食はお粥でしたが、日ごろの私の食事量より多くてこんなに食べていいの?そして超美味しいって思った記憶がある。どんなに魅力的なお肉より最高に美味しい病院食でした。)。
汚い話(^^;)↓↓↓
私の腸の機能や、排尿を正常にすることが看護師さんたちの喜びなんやなって。
手に取るように私の現状を把握されていたと思う。
豆をいっぱい食べさせられたり、ヨーグルトや牛乳を早くから摂取したりなど、身体が機能していることを常に確認されていたなと。
ついに退院
私の退院時には、明るく振る舞うことは私には当然できず、看護師さんたちに超マークされていたCさんは、私が看護師さんと会話をしたことでライバル視されていたと思う(お若いなと、当然私はそんな気はありません。)という思い出に浸りつつ、お世話になりましたと軽く挨拶をして出ていくのがやっとでした。
完全に煙たがられていた歩行困難のお二人と少し注意が必要なご高齢の方。
起きている時間は常にコールを握りしめているくらいコールしていたので私が入っていた部屋は結構注目部屋だったのです。
そして実は少しドラマというか力不足を感じさせられた場面があって、私が夜中にお手洗いから部屋に帰ってくると(普通に熟睡できないから普通に日中寝てました。コールといびきや電気のつけっぱなしや音声駄々洩れの・・)、かすかに「トイレに行きたい」と聞こえる。
看護師さんは恐らく出払っていて、コールに反応しない。
トイレに行きたいと聞こえて対応できるのは私だけ。
はい。車いすを使って介護するなんてことはやったこともありませんし、やり方を見たこともありません。戦場での負傷兵の運び方や応急処置方法くらいしかわかりませんので役に立ちませんw
同部屋の方とコミュニケーションをとったのはこれが初めてでした。
この方も結構看護師さんに注意されていたのもあって絶対に繰り返してほしくなく、私はとっさに詰所に助けを呼びに行くのがやっとでした(^^;)
同部屋のCさんもこの一部始終を聞いていたはず。
介護されても介護できないって辛いんやなって。
勉強になりました。
自宅に帰った私は買い出しと病院食を自分で作ってみたりしましたが、どれだけ病院食が気遣いによって作られていたのか身に染みて感じました。あれは簡単に作れません。
今年は身体が変わる歳なのかもしれません。経験しなくて良いことも経験していったいなんなんだと。。
ひとまずネスペに健康体で臨めるように調整するしかない。
ご心配おかけして申し訳ございません。
強く生きますよ🔥

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